1999年(平成11年)1月31日、馬場が亡くなり、当初は「葬儀が終わってから、マスコミに発表するつもりであった」が、直ぐにそれが知れ、報道陣が自宅マンションに詰め掛ける大騒ぎとなる。
元子夫人の馬場に対する社会的な影響力を過小評価した結果であり、馬場の偉大さを改めて社会に知らしめる結果となる。
馬場の死はマスコミによって大々的に報じられ、特別番組も多く組まれることになる。
1999年(平成11年)5月2日 「ジャイアント馬場引退記念興行(東京ドーム)」と銘打たれ記念興行を開催する。
当日、6万5000人の大観衆が見守る中、
ジャイアント馬場、ザ・デストロイヤー組×ブルーノ・サンマルチノ、ジン・キニスキー組という設定で過去の馬場選手の対戦シーンを編集したビデオ上映によるセレモニーを行った。
このセレモニーの中で"サンマルチノは「あなたは体だけでなく心もジャイアントだった。」と称えた。
また、パートナーのデストロイヤーは日本語で「社長、長い間お疲れさまでした。」と深々と頭を下げ、会場中の涙を誘った。
ジャイアント・馬場は、心も体もデッカイ人でした。!!(のトップ)に戻る