1972年(昭和47年)9月9日に全日本プロレス設立を発表し、
10月21日には、全日本プロレス旗揚げ試合をおこなっています。
これからが、馬場のやりたかった"ジャイアント馬場のプロレス"の始まりではないでしょうか。
しかしまた、このジャイアント馬場の全日本プロレス(全日)の設立が、
アントニオ猪木の新日本プロレス(新日)の2大プロレス団体との死闘の始まりでもありました。
この馬場と猪木のプロレス以外での戦いも含めて、面白かったですね、
共に個性の塊同士のあの当時の戦いに一喜一憂した物です。
唯(ただ)この時代のジャイアント馬場は、"プロレスの王道"を歩み、
一方のアントニオ猪木は、"闘魂"を旗印にプロレスから格闘技まで広く戦いの場を求めたのと対照的でした。
最後亡くなるまで前人未到の通算5769試合を行い、
多くの弟子を育てた功績はあの大きな体以上に大きなものとなっている事と思います。